妙法院門跡(みょうほういんもんぜき) - 京都の観光情報:丸竹夷|京都の寺社仏閣、京都のイベント情報


妙法院門跡(みょうほういんもんぜき)

妙法院門跡

東大路七条にある妙法院門跡(みょうほういんもんぜき)です。

妙法院は、延暦年間(782-805)に最澄によって延暦寺三千坊の一つとして草創されたのが始まりと言われています。その後、転々とし、この地に移ったのは元和元年(1615)です。

明治維新まで代々法親王が住持され、天明の大火の際は、光格天皇の皇后が一時ここに行啓されるなど皇室との関係も深く、文久3年(1863)に三条実美等7卿が長州藩と当院で密議を交わし、ここから都落ちしたのは有名です。

見 所

普段非公開ですが、山門の大きさからも当時の反映ぶりを伺えます。境内は随時自由に散策出来ます。

住 所

京都市東山区東大路通り渋谷下ル妙法院前側町

連絡先

075-561-0467

時間等

通常非公開ですが、境内は自由に散策できます。
例年秋に特別公開されます。

妙法院門跡:ギャラリー


妙法院門跡の地図

最近の「妙法院門跡」を含むつぶやき

2020-04-05 19:37:04 [もりたねこ]
RT @nekonoizumi: 『ヒストリア』278号(2020年2月) 大阪歴史学会 https://t.co/LlJGjkykGS 目次あり。 ・吉江 崇「陣定の成立に見る公卿議定の変容」 ・加納亜由子「明治維新期における士族の家経営-明石藩士から質屋へ」 ・石津裕之「近…
2020-04-05 19:01:41 [非公式太秦その@社寺個別解説bot]
青蓮院1 【宮門跡】 東山駅 三千院・妙法院とともに天台宗の三門跡です。比叡山上にあった房を起源とし、平安末期に行玄が市内に移設、古くから宮門跡でした。3代門主慈円は愚管抄の作者です。足利義教もここの門主でした。天台宗では珍しく門主(旧皇族東伏見家)の世襲が現在も続いています。
2020-04-04 15:36:26 [ササ]
RT @anchorworks1971: @izumifgo 焼き討ち後の比叡山を復興したのは天海さんで、天海さんが建てたのが寛永寺で、寛永寺は日光輪王寺と一体。で、青蓮院、妙法院、三千院の三門跡と輪王寺が座主を出す門跡。こちらが表。で、その体制を支えるのが三塔執行代と滋賀院留…
2020-04-04 12:16:21 [会井]
RT @anchorworks1971: @izumifgo 焼き討ち後の比叡山を復興したのは天海さんで、天海さんが建てたのが寛永寺で、寛永寺は日光輪王寺と一体。で、青蓮院、妙法院、三千院の三門跡と輪王寺が座主を出す門跡。こちらが表。で、その体制を支えるのが三塔執行代と滋賀院留…
2020-04-04 10:41:59 [戴晋人]
RT @anchorworks1971: @izumifgo 焼き討ち後の比叡山を復興したのは天海さんで、天海さんが建てたのが寛永寺で、寛永寺は日光輪王寺と一体。で、青蓮院、妙法院、三千院の三門跡と輪王寺が座主を出す門跡。こちらが表。で、その体制を支えるのが三塔執行代と滋賀院留…
2020-04-04 10:41:11 [雄介(math)]
RT @anchorworks1971: @izumifgo 焼き討ち後の比叡山を復興したのは天海さんで、天海さんが建てたのが寛永寺で、寛永寺は日光輪王寺と一体。で、青蓮院、妙法院、三千院の三門跡と輪王寺が座主を出す門跡。こちらが表。で、その体制を支えるのが三塔執行代と滋賀院留…
2020-04-04 10:34:07 [福廣坊]
RT @anchorworks1971: @izumifgo 焼き討ち後の比叡山を復興したのは天海さんで、天海さんが建てたのが寛永寺で、寛永寺は日光輪王寺と一体。で、青蓮院、妙法院、三千院の三門跡と輪王寺が座主を出す門跡。こちらが表。で、その体制を支えるのが三塔執行代と滋賀院留…
2020-04-04 09:58:47 [福廣坊]
@izumifgo 焼き討ち後の比叡山を復興したのは天海さんで、天海さんが建てたのが寛永寺で、寛永寺は日光輪王寺と一体。で、青蓮院、妙法院、三千院の三門跡と輪王寺が座主を出す門跡。こちらが表。で、その体制を支えるのが三塔執行代と滋賀院留守居で、こちらは坂本の政所という構造です。
2020-04-02 19:10:45 [京都・観光文化検定studybot]
【妙法院】天台宗三門跡/昌雲/庫裏は桃山時代の建築 国宝/国宝ポルトガル国印度副王信書 印度副王 秀吉宛 #kyoto
2020-03-30 23:21:23 [Nack_M]
RT @nekonoizumi: 『ヒストリア』278号(2020年2月) 大阪歴史学会 https://t.co/LlJGjkykGS 目次あり。 ・吉江 崇「陣定の成立に見る公卿議定の変容」 ・加納亜由子「明治維新期における士族の家経営-明石藩士から質屋へ」 ・石津裕之「近…
2020-03-30 23:17:05 [日本近代史関連情報]
RT @nekonoizumi: 『ヒストリア』278号(2020年2月) 大阪歴史学会 https://t.co/LlJGjkykGS 目次あり。 ・吉江 崇「陣定の成立に見る公卿議定の変容」 ・加納亜由子「明治維新期における士族の家経営-明石藩士から質屋へ」 ・石津裕之「近…
2020-03-30 23:01:56 [しか]
RT @nekonoizumi: 『ヒストリア』278号(2020年2月) 大阪歴史学会 https://t.co/LlJGjkykGS 目次あり。 ・吉江 崇「陣定の成立に見る公卿議定の変容」 ・加納亜由子「明治維新期における士族の家経営-明石藩士から質屋へ」 ・石津裕之「近…
2020-03-30 23:01:08 [猫の泉]
『ヒストリア』278号(2020年2月) 大阪歴史学会 https://t.co/LlJGjkykGS 目次あり。 ・吉江 崇「陣定の成立に見る公卿議定の変容」 ・加納亜由子「明治維新期における士族の家経営-明石藩士から質屋へ」… https://t.co/rLinHZS5nJ
2020-03-29 19:02:14 [非公式太秦その@社寺個別解説bot]
青蓮院1 【宮門跡】 東山駅 三千院・妙法院とともに天台宗の三門跡です。比叡山上にあった房を起源とし、平安末期に行玄が市内に移設、古くから宮門跡でした。3代門主慈円は愚管抄の作者です。足利義教もここの門主でした。天台宗では珍しく門主(旧皇族東伏見家)の世襲が現在も続いています。