法住寺(ほうじゅうじ) - 京都の観光情報:丸竹夷|京都の寺社仏閣、京都のイベント情報


法住寺(ほうじゅうじ)

法住寺

東山にある法住寺(ほうじゅうじ)です。

法住寺は、平安時代中期に藤原為光によって創設され、その後院政期にはこの寺を中心に後白河上皇の宮廷「法住寺殿」が行われましたが、寿永2年(1183年)にその法住寺殿が木曾義仲によって焼き討ちされた法住寺合戦が起こりました。
境内の身代不動明王像は、法住寺合戦の放火のさいに、上皇の身代わりとなったと伝えられています。
また、大石内蔵助がこの法住寺に参拝したと伝えられており、その縁から四十七士木造も安置されています。

住 所

京都市東山区三十三間堂廻り655

連絡先

075-561-4137

時間等

拝観時間:6:00〜17:00

料金等

拝観料:500円

法住寺:ギャラリー


法住寺の地図

最近の「法住寺」を含むつぶやき

2021-09-24 00:18:52 [日本史激難問題bot]
【399】「長講堂領」で有名な長講堂はこの御所に建立された持仏堂に由来し、法住寺殿の焼失後に後白河の院政が行われ、 1192年に後白河法皇が崩御した院御所の邸宅を漢字三字で何というでしょう?(難易度5) A:六条(ろくじょう)殿
2021-09-23 23:48:56 [日本史激難問題bot]
【398】焼失した三条殿に代わる後白河上皇の院御所として1161年に完成し、御所の隣には蓮華王院が造営されたが、1184年に源義仲の夜討で焼失した邸宅を漢字四字で何というでしょう?(難易度5) A:法住寺(ほうじゅうじ)殿 2018早稲田文。「蓮華王院」がポイント
2021-09-23 19:14:21 [ギャオス@撮って画像処理してオフセット印刷するおっちゃん]
法住寺さま前に並ぶ彼岸花 1枚目 LEICA Q 2,3枚目 α7RIV + FE85mmF1.4GM 4枚目 α7RIV + NOKTON 40mm F1.2 Aspherical https://t.co/hskMORSLoU
2021-09-23 08:39:21 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
愚中周及は夢窓疎石、春屋妙葩等に参じ、暦応3年入元して即休契了の法を伝へ、観応2年帰朝して摂津棲賢寺、丹波天寧寺、紀伊龍門庵等に住し、応永4年小早川氏の帰依を受けて安芸に仏通寺を創建し、其の下覚隠信知、宗綱恵統、諾渓清唯等出でて祖塔を守り、愚中派(仏通寺派)と称せられ法系今に至り
2021-09-23 07:14:13 [優駿ノブでーす!]
RT @kazuk38552677: 法住寺  京都市東山区 毎月3日の元三大師御縁日の法要に参加して 参加者限定の御朱印2回目を頂きました。 9月3日参拝。 https://t.co/iJmjEtx2dD
2021-09-23 05:39:06 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
無象静照は入元し、文永2年石渓心月の禅を伝へて帰朝し、京都仏心寺、丹波宝林寺、常陸興禅寺等を創め、執権貞時の請に応じて浄智寺に住し、禅化を揚ぐ。其の法系を法界派と称す。
2021-09-22 20:39:22 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
退耕行勇は建仁第2世の席を補し、後鎌倉寿福寺に住し、又執権北条泰時の帰依を受けて浄妙、東勝の二刹を開く。其の門に大歇了心あり、入宋して法を得、帰朝の後、寿福、建仁の両刹を董し、楞伽心書を著す。
2021-09-22 17:10:23 [都の寺の鐘bot]
【法住寺】 御朱印(三種類あります) https://t.co/xZPqVAZZJK
2021-09-22 14:09:22 [都の寺の鐘bot]
【法住寺】三十三間堂の通し矢にあわせて「大根炊き」の振る舞いがあります。また、赤穂義士供養も12月に行われます。 https://t.co/EZSwATHyKK https://t.co/3cJpHtC9Md
2021-09-22 12:40:02 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
南浦紹明は初め建長寺に蘭渓道隆に参じ、正元年中入宋して径山に上り、虚堂智愚の法を嗣ぎ、文永4年帰朝の後崇福寺に住し、後万寿、正観、建長寺等を主り、大応派と称せられたり。嗣法に通翁鏡円、峰翁祖一。宗峰妙超、可翁宗然、物外可什、月堂宗規等の諸哲あり。
2021-09-22 12:08:45 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
栄朝は貞応元年上野世良田に長楽寺を剏め弟子蔵叟朗誉は長楽寿福の2寺を主り、其の下、寂庵上昭を経て龍山徳見あり。徳見は得法の後、入元して天童に東巌浄日・竺西等の諸老を訪ひ、貞和5年帰朝して建仁、南禅、天龍寺等に歴住し法席頗る盛なり。其の門下に無等以倫、天祥一麟、草堂林芳等あり。
2021-09-22 11:48:40 [京都妖怪探訪@専用垢]
【第420回:法住寺と後白河陵】第419回の舞台となった後白河法皇ゆかりの法住寺。「身代り不動尊」や「親鸞上人そば食い木像」など面白いものがあるので、改めて紹介します。 https://t.co/aPtxG3NpVl
2021-09-22 11:09:21 [都の寺の鐘bot]
【法住寺】後白河院ゆかりの御寺ということで、10月の第二日曜には今様あわせが行われます。「遊びをせんとや」の石碑が。漫画家長谷川町子さんの遺骨が納められ、また赤穂浪士縁の寺とか。 https://t.co/TbiByqouXr https://t.co/pFI6WuM25r
2021-09-22 08:09:23 [都の寺の鐘bot]
【法住寺】 後白河院の院政の中心となった場でしたが、平家都落ちの後、木曽義仲によって焼討ちされました。 法皇は崩御後法住寺殿に隣接する陵に埋葬されました。 https://t.co/KOGlCE69rR https://t.co/usHylXztqd
2021-09-22 07:08:23 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
退耕行勇は建仁第2世の席を補し、後鎌倉寿福寺に住し、又執権北条泰時の帰依を受けて浄妙、東勝の二刹を開く。其の門に大歇了心あり、入宋して法を得、帰朝の後、寿福、建仁の両刹を董し、楞伽心書を著す。