吉村寅太郎寓居跡(よしむらとらたろう) - 京都の観光情報:丸竹夷|京都の寺社仏閣、京都のイベント情報


吉村寅太郎寓居跡(よしむらとらたろう)

吉村寅太郎寓居跡

木屋町三条上るにある吉村寅太郎(よしむらとらたろう)寓居跡です。

吉村寅太郎は土佐国高岡郡北川村の庄屋の家に生まれ、文久元年(1861)土佐勤王党に加盟し、翌年武市半平太の命で萩に赴き久坂玄瑞と会見しました。その後、久坂に感化されて文久2年(1862)に脱藩しました。土佐藩脱藩第一号として知られています。
文久3年(1863)明治天皇の叔父にあたる中山忠光を連れて京を抜け大和に入り天誅組を結成しました。8月18日の政変により尊攘派が中央政界から追い出され、吉野郡高見村にて自刃しました。享年27歳。

住 所

京都市中京区三条木屋町上る上大阪町


吉村寅太郎寓居跡の地図

最近の「吉村寅太郎寓居跡」を含むつぶやき

2020-07-03 05:15:42 [京都_寺社_仏閣_kyoto_temple_shrine 松田貴史]
吉村寅太郎寓居跡 木屋町三条上ル この地は幕末の勤王志士吉村寅太郎が仮住まいをしていた場所。吉村寅太郎は土佐の人で武市半平太の教えを受け尊王攘夷運動に加わる。中山忠光らと天誅組を起し大和五条の幕府代官所を占領したが鷲家口で戦死した… https://t.co/4WOQ6YvwLJ