長講堂(ちょうこうどう) - 京都の観光情報:丸竹夷|京都の寺社仏閣、京都のイベント情報


長講堂(ちょうこうどう)

長講堂

六条通り富小路にある長講堂(ちょうこうどう)です。

長講堂は、平安時代末期の寿永二年(1183)、後白河法皇が西洞院六条にあった近臣・平業忠の邸宅を譲り受けて築いた院御所・六条西洞院殿(六条御所)内に建立された持仏堂で、六条長講堂と呼ばれました。

創建は寿永二-元暦元年(1183-84)頃と考えられ、正式名称は「法華長講弥陀三昧堂」といいます。

住 所

京都市下京区富小路六条本塩竈町

連絡先

075-351-5250

時間等

拝観日:通常非公開(特別公開される場合あり)


長講堂の地図

最近の「長講堂」を含むつぶやき

2020-07-03 05:35:48 [日本史たん]
保元の乱で後白河天皇は有名ね。彼が長講堂に寄進した荘園群(長講堂領)は、鎌倉時代初めに90か所にのぼり、鎌倉時代の末期には大覚寺統・持明院統に継承され、経済的基盤となったわ。大覚寺統は亀山天皇、持明院統は後深草天皇の流れで分かれているのを確認してね。
2020-06-30 22:17:08 [織田信長]
RT @seibubanzai: 鎌倉時代は皇族相伝の長講堂領や八条院領の相続にも幕府が介入し、半ば皇族に対する所領安堵の様な場合もあったらしい。 一方大量の武士が成功(じょうごう)という形で衛門尉や兵衛尉の官位を金銭で朝廷から獲得。 荘公領は複雑に京都領と武家領が入り組む…
2020-06-30 18:37:08 [カオリ丸]
RT @seibubanzai: 鎌倉時代は皇族相伝の長講堂領や八条院領の相続にも幕府が介入し、半ば皇族に対する所領安堵の様な場合もあったらしい。 一方大量の武士が成功(じょうごう)という形で衛門尉や兵衛尉の官位を金銭で朝廷から獲得。 荘公領は複雑に京都領と武家領が入り組む…
2020-06-30 18:30:00 [ニシタケシ 西武入道]
鎌倉時代は皇族相伝の長講堂領や八条院領の相続にも幕府が介入し、半ば皇族に対する所領安堵の様な場合もあったらしい。 一方大量の武士が成功(じょうごう)という形で衛門尉や兵衛尉の官位を金銭で朝廷から獲得。 荘公領は複雑に京都領と武家領が入り組む。京都と武家に両属する人間もいる。