長建寺(ちょうけんじ) - 京都の観光情報:丸竹夷|京都の寺社仏閣、京都のイベント情報


長建寺(ちょうけんじ)

長建寺

伏見(中書島)にある長建寺(ちょうけんじ)です。

長建寺は、江戸時代の中書島繁栄をもたらした伏見奉行、建部内匠頭政宇(たてべたくみのかみまさいえ)の長寿を願って建てられたお寺です。京都で唯一ご本尊が辨戝天というめずらしいお寺で、「中書島の弁天さん」として親しまれています。

独特の形をした赤い竜宮門が印象的なお寺です。

住 所

京都市伏見区東柳町511

連絡先

075-611-1039

時間等

拝観時間:9:00-16:30(夏季)/9:00-16:00(冬季)

料金等

拝観料:境内無料

長建寺:ギャラリー


長建寺の地図

最近の「長建寺」を含むつぶやき

2021-09-23 23:08:22 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
鏡堂覚円は環渓惟一の法嗣にして、弘安2年来朝し、禅興、浄智、建長、円覚、建仁寺等に歴住し、又奥州興徳寺を開く。即ち鏡堂派の祖なり。
2021-09-23 22:22:46 [allemagne]
@mah6maha この『建武年間記』は尊氏が離反した後に書かれた史料というのが感慨深いですよね。この史料で一番有名な記録はあの「二条河原の落書」です。 大正時代の歴オタが甘露寺蜜璃ちゃんに大正天皇の頃の侍従長と同じ苗字だ!って盛… https://t.co/U4YGFWDu95
2021-09-22 21:39:26 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
五山十刹 建長5年11月、北条時頼、宋杭州臨安府興聖万寿禅寺に擬して、鎌倉に建長興国禅寺を建立し、本邦五山の首となして以来、徳治2年には、京都南禅寺を鎌倉五山に准ぜしめ、元亨3年10月、亦京都大徳寺を五山の第一に准ぜしめたり。
2021-09-22 18:35:13 [リアン]
黄桜、寺田屋、長建寺 https://t.co/gFEUgDkNau
2021-09-22 02:39:23 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
明極楚俊は元徳2年来朝し、建長、南禅の両刹を主り、其の一派を明極派と称し、竺僊梵仙は亦楚俊と相伴うて来り、浄妙、浄智の両山に住し、暦応4年南禅寺に晋みて寺を天下第一刹となし、更に建長、浄智寺等を主り、其の法系を竺僊派と名づく。
2021-09-21 21:39:12 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
清拙正澄は嘉暦元年来朝し、建長、浄智、円覚、建仁、南禅寺等の諸山に晋み、又信濃に開善寺を創す。即ち清拙派なり。
2021-09-21 15:06:59 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
大拙祖能は所謂大拙派の祖にして至正2年入元し、千巌元長の法を得て延文3年帰朝し、後建長、天龍寺等に歴住して法化を敷揚せり。
2021-09-21 07:30:47 [寺院bot]
巨福山 建長寺(臨済宗) ※鎌倉五山第一位、けんちん汁の由来としても知られる。正式な寺名を建長興国禅寺という。
2021-09-21 03:07:59 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
明極楚俊は元徳2年来朝し、建長、南禅の両刹を主り、其の一派を明極派と称し、竺僊梵仙は亦楚俊と相伴うて来り、浄妙、浄智の両山に住し、暦応4年南禅寺に晋みて寺を天下第一刹となし、更に建長、浄智寺等を主り、其の法系を竺僊派と名づく。
2021-09-21 01:07:55 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
大休正念は亦心月の法を得、文永6年来朝し、北条時宗の帰崇を受けて建長、円覚、寿福寺等の諸大寺に歴住し、其の門葉は大休派と称せらる。
2021-09-21 00:08:08 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
五山十刹 建長5年11月、北条時頼、宋杭州臨安府興聖万寿禅寺に擬して、鎌倉に建長興国禅寺を建立し、本邦五山の首となして以来、徳治2年には、京都南禅寺を鎌倉五山に准ぜしめ、元亨3年10月、亦京都大徳寺を五山の第一に准ぜしめたり。
2021-09-20 15:09:59 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
五山十刹 建長5年11月、北条時頼、宋杭州臨安府興聖万寿禅寺に擬して、鎌倉に建長興国禅寺を建立し、本邦五山の首となして以来、徳治2年には、京都南禅寺を鎌倉五山に准ぜしめ、元亨3年10月、亦京都大徳寺を五山の第一に准ぜしめたり。
2021-09-20 13:39:23 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
清拙正澄は嘉暦元年来朝し、建長、浄智、円覚、建仁、南禅寺等の諸山に晋み、又信濃に開善寺を創す。即ち清拙派なり。
2021-09-20 03:08:06 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
大休正念は亦心月の法を得、文永6年来朝し、北条時宗の帰崇を受けて建長、円覚、寿福寺等の諸大寺に歴住し、其の門葉は大休派と称せらる。
2021-09-20 01:08:00 [もちぶつ(望月信亨等編『仏教大辞典』)bot]
明極楚俊は元徳2年来朝し、建長、南禅の両刹を主り、其の一派を明極派と称し、竺僊梵仙は亦楚俊と相伴うて来り、浄妙、浄智の両山に住し、暦応4年南禅寺に晋みて寺を天下第一刹となし、更に建長、浄智寺等を主り、其の法系を竺僊派と名づく。